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8月がくるたびに(終戦記念日)

小学生の時、「8月がくるたびに」と言う本を課題図書で読まされました。
広島、長崎の原爆の話でした。

余りにも恐ろしい挿絵に今でもトラウマです。でもそれが現実だったのです。
今も同じ本がある様ですが、大分表現も緩和され挿絵も変わっているようです。

ええと、今から書く事はあくまでも歴史であり事実であります。

言うまでもなく、日本に原爆を落としたのはアメリカ
日本本土の無差別爆撃をしたのもアメリカです。

国際法に違反する民間人を無差別爆撃
アメリカの日本に対してした仕打ちを私は忘れない。

ただ、コテンパンにやられた中、私の祖父は言いました。
日本は負けて良かったんだ。軍国主義が無くなって良かったと。
民主主義になって良かったと言う事です。

日本は戦争をせざるを得なかった、強いられた、実は原爆は日本人が作った、
思い出せば色々です。

祖母は横浜(爆撃がヒドい場所でした)から祖父の故郷の鹿児島へ
避難しましたが、途中、広島の被爆者のご遺体をたくさん見て
男性だか女性だかも分からない、黒焦げになったご遺体だらけの中を
歩いたと言っていました。祖母は栄養失調で一時目が見えなくなったそうです。
幸い鹿児島は何とか芋もある土地でしたので回復したそうです。

祖母は戦争は2度と繰り返してはいけないよ、何度も私に言いました。
祖母の兄弟は戦争に駆り出され戦死、靖国神社に今も眠っています。

さて私の親父はこの後の世代です。戦時中は子供でした。
戦中、都会でB29のバラバラ落ちて来る砲弾を避けて走ったそうです。

避難していた防空壕の鉄板の表面が余りにも熱いので、これでは焼け死ぬと思い
みんなに伝えましたが、その人達は、それでも出て来なかったそうです。

親父は心身病んでしまった姉を背中に背負い防空壕を出る事を決意し
砲弾を避け何とか逃れました。

けれども食べ物がなく
物乞いすると言う事もあったそうです。
何とも情けない、惨めだったと今でも言います。
親父の体験と言ったら、それはそれは悲惨です。

私が言いたいのは、そんな苦しい時代を生き延び、そんな思いをしながらも
何とか残してくれた日本と言うこの国を
どうか今の日本人の方々に大事にして頂きたい、
そんな思いで書きました。


















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テーマ : 伝えたいこと
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